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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5639号 判決 1959年4月27日

原告 広瀬太吉 外一名

被告 ミマツ電機株式会社

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は被告は原告広瀬太吉に対し金七〇〇、〇〇〇円、原告広瀬無線電機株式会社に対し金一〇〇、三九六円及び右各金員に対する昭和三三年七月三〇以降完済まで年六分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、請求原因として、

(一)  訴外セレナ電気株式会社は昭和三三年四月一七日原告広瀬に宛て金額七〇〇、〇〇〇円、満期同年六月一七日、支払地、払出地各東京都大田区、支払場所株式会社日本相互銀行大森支店として約束手形一通を振り出し、同原告は所持人であつて満期に振出人に呈示したが支払を拒絶された。

(二)(イ)  同訴外会社は同年二月一〇日金額三七、〇〇〇円、満期同年四月二二日及び同月二四日金額五五、〇六六円、満期同年六月一二日としそれぞれ支払地、振出地各東京都大田区支払場所日本信託銀行株式会社下谷支店とする約束手形二通を原告会社宛に振り出し、原告会社はその所持人であつて各満期に支払場所に呈示したが支払を拒絶された。

次に

(ロ)  原告会社は電機器具の卸売を業とするもので、右訴外会社に対し昭和二六年七月頃から電機器具の卸売をなし代金は毎月二〇日締切、翌月五日支払の約束であつて昭和三二年一二月一〇日当時八、三三〇円の売掛代金の未払があつた。

(三)  被告は昭和三三年五月一日右訴外会社の営業を譲り受けてその事業を引き継いだが、同年六月一日同訴外会社の業務全般を引き継いだ旨を記載した甲第五号証の一の挨拶状を得意先等関係者に多数配布した。右書面の配布は同訴外会社の営業上の債務を引き受ける旨広告したことに当るので商法第二八条の規定により原告らの前記(一)(二)の債務の支払義務を負担した。

(四)  仮に右が広告でないとしても、右の挨拶状を原告らに送付したので、これにより被告は右訴外人の前記債務を引き受けた旨(重畳的債務引受)の意思表示をなしたわけであり、同年六月一〇日原告らはこれを承諾したので、その支払義務を負担したものである。

よつて被告に対し原告広瀬は(一)の手形金とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三三年七月三〇日以降完済まで商法所定の年六分の遅延損害金、原告会社は(二)(イ)の手形金とこれに対する同日以降完済まで手形法所定の年六分の利息(二)(ロ)の売掛残金とこれに対する同日以降完済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求めると述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。もつとも挨拶状は原告代表者宛となつているが、その書面に記載の意思表示は代表者個人である原告広瀬に対してなされたものとしての効力をも有すると述べた。

証拠とし甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六、七号証第八号証の一ないし三を提出し、証人鈴木義雄、大塚威の各証言を援用して乙第一号証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として被告が挨拶状(甲第五号証の一)を取引先に送つたことは認めるがその余の事実は認めない。右挨拶状は被告会社が昭和三三年「五月一日セレナ電気株式会社の業務全般を引継ぎ」営業を開始する運びになつたことの報告とその際及び将来の援助の礼と希望を述べた一般の挨拶状であるに止り、セレナ電気の債務を引受ける旨の用語の記載はないし、その旨の意思を表明する意図もなかつたものである。

被告会社がセレナ電気の事業を引き継ぐに至つた経緯は次のとおりである。

これより先、長谷川美貴はセレナ電機に対し約一四、〇〇〇、〇〇〇円を貸与していたが、セレナ電気が昭和三三年春頃から経営困難となり右貸金の回収の見込がなかつたので、同年四月セレナ電気の動産、不動産、債権全部を右貸金の代物弁済として取得した。しかし動産、不動産では貸金の弁済に不足したので、長谷川はこれを活用して利を図り、かつはセレナ電気の取引先に対する債権の回収を容易にするため右資金全部を出資して自己を代表取締役とする被告会社を同年五月一日設立しセレナ電気の業務を引き継いで、その取引先と取引を開始することになり、その挨拶として前記挨拶状を配布したものであつて右のような業務の引継は営業の譲受ではないこと明らかであり、もとよりセレナ電気の債務を引き受けたものではない。したがつて被告がセレナ電気の債務を引受ける意思を表明する意図はなかつたし、また挨拶状の文面自体にもその意図は表明されていない。

仮に右の理由がないとしても

(1)  挨拶状は原告会社に対するものであつて、原告広瀬個人宛に送付したものではないし、原告らが右文書による意思表示を承諾する旨表示したこともない。

(2)  セレナ電気は原告広瀬宛にその主張の手形を振り出したことはない。右は広瀬の紹介により訴外人某から七〇〇、〇〇〇円の融通を受けた際にその弁済のために同訴外人宛に振り出したものである。

(3)  セレナ電気は右借受金に対し昭和三一年四月一七日以降昭和三三年四月一五日まで月二分の利息を支払つたが、右は利息制限法の制限利率である年一割八分を超過するが、その超過部分は同法第二条の法理並に高利の禁止を目的とする同法の立法精神に照し元本の弁済に充当されるものと解すべきである。

そしてその超過部分の金額は(年一割八分の制限利息二五四、六七七円に対し支払利息三六四、〇〇〇円)一〇九、三二三円であるので、この金額は当然に元本に充当されている。したがつて原告広瀬の請求はこの部分について理由がないと述べ、証拠として乙第一号証を提出し、証人鈴木進、鈴鹿寿の各証言を援用し、甲第一号証ないし第四号証は不知、その余の甲号各証の成立を認めた。

理由

原告の主張するところは、要するに原告広瀬はセレナ電気株式会社に対し七〇〇、〇〇〇円の手形債権及び原告会社はセレナ電気に対し合計金額九二、〇六六円の手形債権と八、三三〇円の売掛代金債権を有していたところ、被告は昭和三三年五月一日セレナ電気の営業を譲り受け、同年六月一日セレナ電気の営業全般を引き継いだ旨記載した挨拶状を配布し右債務を引き受ける旨広告した。仮に広告でないとしても右挨拶状を原告らに送り、これにより右債務を引き受ける旨の意思表示をしたというにある。

しかして右挨拶状(甲第五号証の一)を被告が取引先関係者に多数配布したことは被告の認めるところであるので、被告は右書面に記載の事項を多数人に告知したものであつて、このことは商法第二八条にいう広告にあたるものというに妨げない。

ところで右挨拶状によつて告知した事項は右甲第五号証の一の記載によれば、被告会社は「今般」同年「五月一日をもつて、セレナ電機株式会社の業務全般を引継ぎ製造設備、人員の増強を実施し全員清新の気をもつて生産に邁進し得る運びとなりました。ここに略儀ながら御挨拶申上げると共に引継に関して賜りました御指導御配慮を厚く御礼申し上げますというのであつて、原告らは右記載をもつてセレナ電気の営業上の債務を引き受けた旨の表示であると主張するけれども、商人の業務全般を引継いだという表示は当然にはその商人の営業上の債務全般を引き受ける旨の表示と解釈するのは困難といわねばならない。

もつとも右の用語は表意者が如何なる場合に如何なる意図をもつてその語を用いたかの具体的事情によつては右の業務全般の引継の意味が営業上の債務をも含めた趣旨で用いられたと解釈できないではない。この点について原告らは被告はセレナ電気の営業を包括的に譲り受けたので、営業上の債務をも全般的に引き継ぐ意図を有していたものであると主張する趣旨のようである。そして被告がセレナ電気の積極財産全般を取得しその業務を引き継いだことは被告の認めるところであつて、なお証人大塚威、鈴木進、鈴鹿寿の各証言によれば、被告は経営首脳部を除くセレナ電気の従業員をも引き継いだことが認められるので、右にいう業務引継は長谷川美貴が介在しているけれども営業譲渡がなされたものというに妨げない。

しかし営業譲渡の場合に債務が包括されるかどうかは具体的の契約によつて定められるものであること勿論であるが、本件においては前記証言によれば、被告の代表取締役となつてセレナ電気の業務を再開した長谷川美貴は個人としてセレナ電気に対し千数百万円の貸金債権を有しその代物弁済としてセレナ電気の資産(負債を除く)を取得したものであつて、その営業上の債務を全般的に引き継いだものでないことが認められる。この認定に反する証人鈴木義雄の証言は措信し難い。

してみれば、被告がセレナ電気の業務の全般を引き継いだという用語は営業を引き継ぐものであつても、全般的に債務の承継を含める意図を有していなかつたものであり、また挨拶状が一般取引関係者に配布されたこと及びその書面の記載は一般の挨拶状の形式に出ないものである点等諸般の事情に鑑み右の記載は債務引受の意思を表明したものと見ることはできないものという外はない。

原告らの請求は右挨拶状の記載が債務の引受を表示するものであることを前提とするところ、そのように債務を引き受ける趣旨の表示と認められないので、他の判断を省略し失当として棄却を免れない。

よつて民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数)

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